元外資IT営業、50代で音楽を学ぶ

70年代生まれ。東京在住。元外資系IT企業法人営業。 給料を追いかけた20年と、断酒10年という節目。 仕事を辞め、50代で大学に入り音楽を学ぶことに。 人生後半戦の学び直しと日々の記録。

カテゴリ: 旅行

能登半島の旅、能登半島、金沢、富山と巡り、7日の20時ごろに帰路へ。7時間くらいで帰って来れたな。
楽しかった。かなり疲れたので8日はほぼ1日中寝ていた。
一昨年に続き、夏の熱によってフォルクスワーゲンのセンサーが壊れてしまい帰りはACCなどコンピューターが使えずちょっと大変だったな。まあこういう時もいい経験か。
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北陸旅行最終日。チェックアウトしてまず富山美術館へ。広くていい感じ。テオ・ヤンセン展を見ることができた。たまたま知っていたのでオレは楽しかったな。
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都市と溶け込んでいる感じがする。富山駅からも1kmくらい。逆に何にもない街なのか。
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その後に立山博物館へ。子供が立山地獄めぐりを観たかったようで。不思議なところだったな。残念ながら大雨になり外の施設は見ることができなかった。次回に持ち越しだ。
富山駅前に戻り寿司を食べたりお土産を買ってから帰路へ。20時くらいからかな。出発したのは。
良い旅だった。

深夜3時前に出発。妻はすぐに寝た。子供と話しながら高速をドライブ。夏なので4時には明るくなってきたので運転は楽だったな。群馬や長野など標高が高いと頃では19度くらいと寒かった。5時間ほど運転した。1時間毎にSAで少し体を動かしたりして休憩しながら。
朝の8時に妻と運転交代。能登半島を北上していった。北上するにつれて道路の陥没、補修あと、片道閉鎖など震災の爪痕がたくさん残っていた。今回の旅の目的のひとつは能登半島に住む親戚に会うこと。40年以上ぶりの訪問。正午に到着。ついた瞬間に記憶が蘇った。海や空の色が濃いブルーであること。空気の柔らかさ。日差しの強さ。海の綺麗さ。
港や道路に沢山震災の跡があることが心苦しい。いつになったら元に戻るのだろうか。
親戚は暖かく迎えてくれて楽しい昼食の時間を過ごした。今度は母を連れてこよう。
明るくて気持ちの良い人たちだった。
そこから金沢へ移動。都会だ。
夕食は有名な寿司店へ行ってみた。美味しい。
夜も暑すぎず良い旅行1日目だったな。
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明日からというか夜出発して石川、富山へ家族旅行。お土産を地元の洋菓子店に買いに行ったところ休みだった。急遽伊勢丹へ。地下の食品売り場で虎屋の羊羹セットを買い、家族には今日のご飯として妻の好きな店でパンを購入。
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夕食後にクルマを軽く洗って準備。
風呂に入ってから出発予定。


昨夜、深夜にラーメンを食べに行ったにも関わらず朝から大量にご飯を食べた。

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ホテルオークラ神戸最高ですね。
チェックアウトして妻が夜からコンサートに行くので時間潰しと仕事が入っていたのでWeworkに部屋を取り神戸から仕事。結構捗った。子供も自分のやることができて良かったみたい。
その間に妻と近くでお茶したり。

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服を見たり、楽器を見たりと神戸の街を楽しんだ。広いな。
コンサート中は子供と神戸港のあたりを散歩。風が冷たくて寒かった。ちょっと薄着だったんだよな。
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小洒落たフードコートでオレはラーメンを食べて、子供は神戸牛のバーガーを食べた。
デザートに妻と合流してからクレープを食べたり。
かなり満足。夜も楽しめた。長く1日を家族と過ごせて嬉しい。
またゆっくり来たいなあ。


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